2007年12月11日

幕末の気になる男たち(その1:幕末三舟)

幕末というと、やはり新撰組の人気が高いようですが、私は幕府のことに凝り固まって殺戮に明け暮れた新撰組よりも、もっとグローバルな視点を持ち、日本の今後の進み方だとか、世界の中での日本とか、人を決して殺さずに能力を生かすとか、そんなことを考えて生きていた男たちの方が、よほど素晴らしいと思います(あ、でも決して新撰組の人気を否定しているわけではありませんよ)。

ということで、ここで何回かに分けて、幕末の気になる男たちについて、自分なりに書いてみることにします。


勝海舟は、以前、日本テレビの年末時代劇スペシャルで見てから気になっていて、すでに10数年、勝海舟という本があると知れば、まずは買って自宅で読むか、高すぎるか買いそびれたら国会図書館などの図書館に行って読むというのが、習慣化しています。

勝は色々やっていますが、やはり「一大共有の海局」を唱えての日本海軍の創設への貢献と、氷川清話を含む膨大な語録を残したことがいちばん大きいかな。咸臨丸でサンフランシスコに渡った話は有名ですが、斬りに来たはずの坂本龍馬が弟子になったり、西郷との会談決裂時に備えて、江戸に火を放ち市民を舟で避難させる段取りをつけていたり、福沢諭吉のやせ我慢の説での批判に、「行蔵は我に存ず、毀誉は他人の主張」と諭す痛快さなど、なかなかに面白い。

蘭学に端を発し、咸臨丸による渡米を通じて、幕府だの何だのという狭いものの見方から、日本人としてとか、世界の中の日本とかに変化したのは見事。

晩年は口が災いして、人をこきおろしたり大風呂敷を広げたり平気でするので、今に至るまで誤解されっぱなしの人ですが、頭も良かったし、江戸城無血開城だけではなく、間接的に人を育てたり、幕末の遺族を助けたりという目立たない活動もしていることも知っておくべきです。

海舟は、山岡鉄舟、高橋泥舟とともに、幕末三舟と呼ばれていますが、個人的にはこの3人を徹底的に調べることが出来たら、特に泥舟をもう少し理解できれば、幕末史の謎はかなりの部分が解けるのではないかと期待して、図書館に行くごとに、また別の観点から調べたりしています。

山岡鉄舟は、その境地というか、人間力のもの凄さでは、勝海舟も遠く及ばなかった、いわば真の達人とでも呼ぶべき人で、その生き様は、調べれば調べるほど面白く、また感動的であり、江戸城無血開城の陰の立役者、しかも真の立て役者として、私は大いに尊敬しています。

明治天皇の侍従だった時に、公務の休みを縫って三島の龍沢寺に通い、箱根で大悟して禅の号を持つ剣禅一如の人で、落語の三遊亭円朝も弟子だったり、清水次郎長と親交があったり、木村屋のあんぱんや、日本五大名飯の「忠七めし」の生みの親だったりとか、なかなかに面白い話には事欠きません。

高橋泥舟は、その生き様が清廉潔白であった槍の達人で、山岡鉄舟と義兄弟だったという他は、あまりに謎が多く、知るための文献・資料も少ないので、実は困っています。ローカルな図書館での資料やどこかの神社などの揮毫などは、鉄舟とともにかなりあるはずなので、そういったところから調べても面白いのかも。

三舟に共通して言えることは、書の達人だったことで、特に鉄舟は、あの弘法大師空海の書までも研究したというくらいなので別格です。

もしも彼らが現代に生きていたら…。

勝海舟は、サンフランシスコに渡るだけでは満足せず、その奥にあるシリコンバレーで大暴れし、日本人らしいハイテク企業を立ち上げてCEOになっているでしょう。弟子の坂本龍馬はケンカ別れしスピンアウトして別の企業をつくるが、なぜかいつも協業する仲の良さ。

防衛大臣にでもなっていたら、失言で真っ先に失脚かも。

山岡鉄舟は、真の日本と日本人の考えを、周辺諸国へも、西側先進国へも、開発途上国へも、分け隔て無くきちんと伝え、世界中から一目置かれる総理大臣。国会答弁なども激しく、でも相手を納得させてしまう論理性と説得力を持ち合わせ、理由はわからないが敵味方を問わずみんなが大好きになってしまう不思議な魅力を持った人。

宗教家になっていれば、禅を中心にした活動が注目され世界宗教者会議の代表に。

高橋泥舟は、国連の緒方さんの後任として、世界で最も尊敬される高等弁務官に。いざとなると山岡を助けるとともに、ユニークな視点から世界平和のためにつくします。

などと、一風変わった視点から幕末を学び味わってゆくと面白いかも。

追記:最近、比較的簡単に手に入る海舟と鉄舟の本としては、以下のものをお勧めします。


サンフランシスコに行ったときに、海事博物館 (Maritime Musium) に立ち寄ったのですが、ここには堀江健一氏のヨットは展示されていても、咸臨丸に関しては何もなかった。こんなことで良いはずはありませんよね、海舟先生。

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posted by Masa at 18:33 | Comment(0) | TrackBack(1) | 幕末の人物


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